将来的にはお金という存在は無くなってしまうのでしょうか?教えて下さい。

まねっぴ研究室

まねっぴに質問

67歳、男性、自由業、妻と息子がいます。息子は既に独立しており、孫もいます。私は会社を定年退職し、年金を貰いながら作家活動をしています。作家活動といっても、売れていないので収入は年金がメインです。職業柄、色々な文献を読む機会があるのですが、将来的にはお金が消えてしまうというのを読んだことがあります。お金が消えるというのは、キャッシュレス社会という意味ではなく、お金の存在や概念そのものが無くなるという意味です。私も全て理解できなかったのですが、時間を通貨として成り立たせるというものや、信用で物を流通させる経済になるというもので、お金が消えることにより、平和になり物質的にも精神的にも豊かな社会になるという内容でした。俄かには信じがたい内容でいたが、将来的にはお金の概念というのは無くなってしまうのでしょうか?回答しにくい質問かもしれませんが、宜しくお願いします。

まねっぴの回答

質問内容を拝見しました。難しい質問ですね。日本では奈良時代から富本銭や和同開珎などのお金が流通することになりました。また、世界的には紀元前からお金が使われていました。現代の文明国家において、お金が存在しない国というのはありません。資本主義国家はもちろんのこと、全ての物を国家が所有し、財産所有が認められていない社会主義国家でもお金は存在しています。お金の存在しない社会とはどのような社会でしょうか?

参考 独立行政法人 造幣局 日本の貨幣の歴史

お金の存在しない社会とは?

まず思い浮かぶのが自給自足です。自分達で生活に必要な物資を全て調達するとうことです。米や野菜を栽培して取れたものを食べる、川で魚を釣って食べる、狩猟で肉を調達する。麻を栽培して服を作り、木を切って家を作る。このように家族単位で全ての工程が完結できれば自給自足ができます。この場合、お金という概念は必要ありません。
次に物々交換の社会です。米や野菜を生産する農業者、家畜を飼って食肉を生産する牧畜業、漁業にて出て魚を獲る漁師、それぞれが生産活動で得たものを必要に応じて物々交換する経済です。米や野菜を生産する者は、タンパク質を得る為に、肉や魚と等価交換をするというやり方です。この場合では貨幣は不要で、例えば米10㎏と牛肉500gをお互いが合意すればトレードが成立します。これは、古代社会のように生活に必要な衣食住が簡素で、生活圏が限られた地域だからこそ成立するものなのです。

そもそもお金とはどういう役割を果たしているのでしょうか?

まず1点目は交換の手段です。物々交換の世界であれば、自分が野菜を持っており、肉が食べたい場合は、肉を持っており野菜を食べたい人を探さなくてはいけません。相手が肉を持っていたとしても、野菜が食べたくなければ取引は成立しません。こういう場合の為に、お金が必要になります。肉をお金で買えばお金を受け取った人はそのお金で自分の好きなものを買うことができます。

2点目は保管の手段です。当たり前に思うかもしれませんが、お金であれば長期間保管することができます。もし、野菜を保管しておこうと思えば、冷凍するか漬物にするしかありません。放っておいたら腐ってしまいます。生鮮野菜が食べたいと思った場合、お金として持っておけばいつでも生鮮野菜を買うことができます。このように保管しておき使いたい時に使えるという点があります。

3点目は物の価値を図る手段です。物々交換の社会であれば、りんご1個とさんま1匹やメロン1個と鯛1匹など細かく決めなければなりません。当然、人によって好き嫌いがあるので、この「野菜は嫌いだから価値が無いと」言い始めたら物の価値基準は人によってバラバラになってしまいます。そこで、りんご「1個200円」と値段が付いていれば、値段で比較することができます。りんご5個とミカン10個というような複数組み合わせた場合でも、スムーズに価値を図ることができるからです。

お金の役割とは?

お金の存在しない経済は成立するのか?

現在の日本において、お金の存在しない経済が成立するか?という問いに対しては、成立しないと言えます。まず、お金が存在しない社会というのは、古代社会のように野菜と魚などの有形商材の単純なトレードであり、狭いコミュニティにおいて、対面取引のみ成立します。お互い価値基準が似た物同士でしか成立しないのです。一方で、現代社会においては、このような単純な取引は少なく、複雑に絡み合って成り立っています。お互いが顔の見えないネットショップで売買をしたり、Amazonなどの外資系企業との取引、クレジットカード決済や分割払い、無形のサービスが溢れている現代ではお金という概念無しには成立しません。Amazonで買い物をするために米をアメリカに送るなんてことはできないですよね?今の社会でお金という存在が消えてしまうと大混乱は避けられないでしょう。

但し、お金という概念は無くならない場合でも、お金という形が消える可能性は十分に考えられます。今でもキャッシュレス決済が普及してきていますが、銀行は存在しており、現物のお金も存在しています。しかし、これが更に進化した場合、お金が消える可能性はあります。仮想通貨に用いられているブロックチェーンの技術を利用して、給与支払いや購入代金支払いの全ての取引情報を電子データとして記録する仕組みが出来上がれば、銀行やお金は存在しません。預金したい場合は、コールドウォレットに保管しておけば大丈夫です。これが実現すればスマートフォン一つで暮らせる社会が実現するでしょう。

もう1点少しイレギュラーな形でのお金が存在しない社会を考えてみました。世界的なコロナウィルス拡大を受けて、日本をはじめ欧米で金融緩和によりお金が市場に大量に供給されています。お金が大量に供給されるということは、お金の価値が下がってゆくということです。このまま金融緩和を続ければ、やがてお金は紙屑同然になってしまい、ハイパーインフレになってしまいます。かつてジンバブエという国でハイパーインフレが起こった時には札束をカートに乗せて食料品を買いに行く光景もあり、朝と夕方では通貨価値が違うというとんでもない状態になっていました。そのようなお金の価値が無い世の中になってしまえば、実質的にお金の無い社会になり、物々交換や普遍的な価値を持つ純金のみ物と交換することが可能な社会になるでしょう。今の日本ではこのような事になる可能性は極めて低いのでご心配なく。

最後に

現代でもキャッシュレス決済が普及してきており、コンビニや駅の売店での少額の買い物であれば、小銭を出す場面は減ったと感じています。しかし、日本のキャッシュレス決済普及率は2020年の時点で20%台となっており、先進主要国の中では低いほうです。大きな要因は、海外に比べて治安が良いという理由があります。お金を持ち歩いても取られる心配が少ない、偽札を掴まされるリスクが少ないということで、現金面での不安や不便さを感じていないからでしょう。世界的にも日本人は現金好きな国民といえます。日本から完全に現金が消えるのは当分先かもしれません。

余談となりますが、私個人的にはお金が消えてゆくというのは寂しいものを感じます。今から数十年前は、給料を現金手渡しという会社がありました。給料日に現金が入った厚みのある封筒を受け取った時には、1ヶ月働いたという実感と喜びがありました。この時代にはお金を使う時にも、有難みがあった気がします。いずれは給料をATMでおろす時代ではなくなるかもしれません。時代の流れとともに合理化されてゆくのは仕方がありませんが、何か寂しさも感じます。

参考記事 住宅ローンの借り換えを検討しています。固定金利と変動金利どちらがいいでしょうか?

(留意事項)
本ブログをご参考にして頂ければ嬉しいですが、くれぐれも最終的な判断は自己責任にてお願いします。

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