退職金として500万円を受け取ったとき、多くの人が悩むのが「このお金をどう扱えばよいのか」という点です。
せっかく長年働いて受け取った大切なお金ですから、少しでも増やしたいと考えるのは自然なことです。しかし、60代以降の退職金運用で最も大切なのは、「大きく増やすこと」よりも「大きく減らさないこと」です。
現役時代であれば、仮に投資で損失が出ても、毎月の給与収入で少しずつ立て直すことができます。しかし、退職後は収入が年金中心になったり、働く時間を減らしたりする人も多くなります。そのため、退職金を大きなリスクにさらしてしまうと、生活全体に影響が出る可能性があります。
特に退職金500万円は、老後生活を支える大切な予備資金です。投資で一気に増やそうとするよりも、まずは元本を守りながら、必要なときに使える状態で管理することを優先した方が安心です。
厚生労働省の令和5年就労条件総合調査によると、勤続20年以上かつ45歳以上の定年退職者の平均退職給付額は、大学・大学院卒の管理・事務・技術職で1,896万円、高校卒の管理・事務・技術職で1,682万円、高校卒の現業職で1,183万円とされています。
また、国家公務員の令和6年度退職者では、常勤職員の定年退職における退職手当平均支給額は2,160万1,000円となっています。大手企業や公務員の場合、退職金が1,000万円台後半から2,000万円前後になるケースもあります。
一方で、すべての人がこれだけの退職金を受け取れるわけではありません。厚生労働省の資料では、退職給付制度がある企業の割合は74.9%とされています。つまり、退職金制度そのものがない企業も一定数存在します。
中小企業や零細企業では、退職金がまったくない場合もありますし、長く勤めたとしても数百万円程度にとどまるケースもあります。また、退職金で住宅ローンを一括返済し、手元に500万円ほど残るという人もいるでしょう。
では、このような大切な500万円をどのように運用すればよいのでしょうか。
退職金500万円は「増やすお金」より「守るお金」
退職金500万円と聞くと、人によっては「老後資金としては少し心配」と感じるかもしれません。しかし、実際の老後生活では、この500万円があるかどうかで安心感は大きく変わります。
年金生活に入ると、毎月の収入は現役時代より少なくなることが一般的です。その一方で、医療費、介護費、住宅の修繕費、家電の買い替え、冠婚葬祭など、まとまった支出が必要になる場面は少なくありません。
退職年齢は60歳から65歳前後がひとつの節目になります。厚生労働省も、定年を定める場合は60歳以上とし、65歳までの雇用確保措置を求めています。つまり、60代は「働き続ける人」と「年金中心の生活に移る人」が分かれやすい時期です。
このように収入や生活スタイルが変わりやすい時期に、退職金を値動きの大きい商品へまとめて投資するのは慎重に考える必要があります。
特に、元本割れを避けたい人にとって、退職金500万円は「積極的に増やすためのお金」というより、「老後の生活を支えるためのお金」です。まずは減らさないことを最優先に考えましょう。
60代からNISAで株式投資を始める場合は慎重に
近年はNISAへの関心が高まっており、退職金をきっかけに投資を始めようと考える人もいるかもしれません。
NISAは、運用益が非課税になる便利な制度です。ただし、NISA口座で投資をしたからといって、元本が保証されるわけではありません。株式や投資信託は、預貯金より高いリターンが期待できる一方で、値下がりによって元本割れする可能性があります。
NISAの本来の強みは、長期・積立・分散投資にあります。若い世代や現役世代が、毎月一定額をコツコツ積み立て、10年、20年と長い時間をかけて資産形成をする場合には、有効な選択肢になりやすい制度です。
しかし、60代から退職金500万円をまとめて株式投資や投資信託に入れる場合は、話が変わります。もし投資直後に大きな下落が起きた場合、回復を待つ時間が十分に取れない可能性があるからです。
もちろん、60代でも余裕資金があり、10年以上使う予定のないお金で少額から投資するのであれば、NISAを活用する選択肢はあります。しかし、「この500万円は生活費や医療費に使う可能性がある」「できるだけ減らしたくない」という人にとっては、株式中心の運用はリスクが高いと考えた方がよいでしょう。
元本割れを避けたい人の基本方針
退職金500万円を運用する場合、まずは次の3つを意識すると安心です。
1つ目は、生活防衛資金を確保することです。退職後は、思わぬ支出が発生することがあります。少なくとも1〜2年分の生活費や医療費に備えるお金は、普通預金など、すぐに引き出せる形で残しておきたいところです。
2つ目は、元本の安全性が高い商品を中心にすることです。代表的な選択肢としては、個人向け国債や定期預金があります。大きなリターンは期待しにくいものの、元本割れを避けたい人にとっては検討しやすい商品です。
3つ目は、1つの商品にまとめすぎないことです。安全性の高い商品であっても、満期や中途換金の条件は異なります。すぐ使うお金、数年以内に使うかもしれないお金、当面使う予定のないお金に分けて管理すると、老後資金を無理なく扱いやすくなります。
低リスク運用の代表格1:個人向け国債
元本割れを避けたい人にとって、個人向け国債は検討しやすい選択肢です。
個人向け国債は国が発行する債券で、額面金額100円につき100円で発行され、満期時にも額面金額100円につき100円で償還される仕組みです。価格変動によって元本が大きく減る株式や投資信託とは性質が異なります。
財務省が公表した令和8年5月募集分の発行条件では、個人向け国債の利率は次のようになっています。
| 商品 | 税引前年利 | 税引後年利 | 500万円の税引後年間利子目安 |
|---|---|---|---|
| 変動10年 | 年1.67% | 年1.330% | 約66,537円 |
| 固定5年 | 年1.89% | 年1.506% | 約75,302円 |
| 固定3年 | 年1.57% | 年1.251% | 約62,553円 |
たとえば、固定5年の個人向け国債を500万円購入した場合、税引後の年間利子は約75,302円です。単純計算では、5年間で約37万6,512円の税引後利子になります。
もちろん、実際の受取額は購入時期や保有期間によって変わりますが、元本の安全性を重視しながら一定の利息を得たい人にとっては、十分検討する価値があります。
変動10年は、適用利率が半年ごとに見直される点が特徴です。今後さらに金利が上がれば、受け取れる利子が増える可能性があります。一方で、金利が下がれば利子も下がります。
固定3年や固定5年は、満期まで利率が変わりません。将来受け取れる利子を見通しやすい点がメリットです。金利の先行きに不安がある人は、変動型と固定型を組み合わせる方法も考えられます。
資産運用というと、株式投資や投資信託、新NISAなどを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、値動きのある商品に不安を感じる方にとって、今あらためて注目したいのが個人向け国債です。 個人向け国債は、元本保証型の代表格ともいえる守[…]
低リスク運用の代表格2:定期預金
定期預金も、元本割れを避けたい人に向いている代表的な商品です。
預金保険制度では、定期預金や利息の付く普通預金などは、預金者1人あたり1金融機関ごとに元本1,000万円までと、その利息等が保護されます。500万円であれば、1つの金融機関に預けても預金保険の保護範囲内に収まります。
定期預金のよいところは、仕組みが非常に分かりやすいことです。満期まで預けておけば、原則として元本と利息を受け取れます。投資商品のように日々の値動きを気にする必要がないため、精神的な負担も少ないでしょう。
ただし、定期預金の金利は金融機関やキャンペーンによって差があります。ここでは、年0.5%、年1.0%の定期預金に500万円を預けた場合を試算します。預貯金の利子には、原則として20.315%の税金がかかります。
| 税引前年利 | 税引後年利の目安 | 500万円の税引後年間利子 | 5年間の税引後利子目安 |
|---|---|---|---|
| 年0.5% | 年0.398% | 約19,921円 | 約99,606円 |
| 年1.0% | 年0.796% | 約39,843円 | 約199,213円 |
定期預金は安全性が高い一方で、個人向け国債と比べると金利が低い場合もあります。また、長期の定期預金に預けたあとに市場金利が上がると、より高い金利の商品へ乗り換えにくくなることもあります。
そのため、500万円すべてを同じ期間の定期預金に入れるのではなく、1年物、3年物、個人向け国債などに分けると、金利上昇にもある程度対応しやすくなります。
2026年5月、地方銀行の定期預金は「年1%前後」が狙える時代に 長らく超低金利が続いてきた日本でも、近年は預金金利に変化が見られるようになりました。特に注目したいのが、地方銀行や第二地方銀行のインターネット支店が実施する定期預金キ[…]
500万円の現実的な分け方
元本割れを避けたい場合、500万円をすべて1つの商品に入れる必要はありません。むしろ、使う時期に合わせて分けておいた方が安心です。
たとえば、次のような分け方が考えられます。
| 使い道 | 金額例 | 置き場所 |
|---|---|---|
| すぐ使える生活防衛資金 | 100万円 | 普通預金 |
| 1〜3年以内に使う可能性がある資金 | 100万円 | 1年定期・短期定期 |
| 3〜5年程度使わない資金 | 150万円 | 固定3年・固定5年の個人向け国債 |
| 当面使わない安定運用資金 | 150万円 | 変動10年の個人向け国債 |
このように分けておけば、急な支出に備えながら、使わないお金には一定の利息を期待できます。
退職後は、予定していなかった出費が意外と多くあります。医療費や介護費だけでなく、住宅の修理、車の買い替え、家電の故障など、まとまったお金が必要になる場面もあります。
そのため、すべてを満期の長い商品に入れるのではなく、すぐに使えるお金を必ず残しておくことが大切です。
住宅ローンを一括返済した後の500万円はどう考えるか
退職金で住宅ローンを一括返済し、手元に500万円が残るケースもあります。
この場合、住宅ローンという大きな固定支出がなくなっているため、家計の負担は軽くなります。一方で、手元に残った500万円は、老後生活を支える最後のまとまった資金になる可能性もあります。
住宅ローンの金利が高い場合、繰上返済によって将来の利息負担を減らすことは、実質的に確実な運用効果に近い面があります。ただし、返済を優先しすぎて手元資金が少なくなると、急な支出に対応しにくくなります。
そのため、退職金で住宅ローンを返済する場合でも、生活防衛資金を残しておくことが重要です。
すでにローンを完済し、500万円が手元にあるなら、無理に増やそうとする必要はありません。個人向け国債や定期預金を中心に、減らさない運用を考える方が現実的です。
退職金500万円で避けたい運用商品
元本割れを避けたい人が注意したい商品もあります。
まず、株式への一括投資です。株式は短期間で大きく上がることもありますが、その反対に大きく下がることもあります。60代以降で生活資金に近いお金を使うには、値動きが大きすぎる場合があります。
次に、投資信託の一括購入です。特に株式型や海外資産を中心とする投資信託は、株価や為替の影響を受けます。NISA口座で購入しても、元本が保証されるわけではありません。
また、外貨預金、FX、暗号資産、高配当をうたう未公開商品などにも注意が必要です。高い利回りを強調する商品ほど、価格変動リスク、為替リスク、信用リスク、流動性リスクが大きいことがあります。
退職金運用では、「年利5%」「毎月分配」「元本確保に近い」といった言葉に魅力を感じやすいものです。しかし、仕組みを十分に理解できない商品に大切な退職金を入れるのは避けた方が無難です。
まとめ:60代からは無理な投資をせず、働き方も含めて老後資金を守る
退職金500万円は、老後の生活を支える大切なお金です。
大手企業や公務員の退職金と比べると少なく感じるかもしれません。しかし、住宅ローン返済後に残った500万円、あるいは中小企業で長く働いて受け取った500万円は、老後の安心感を支える重要な資金です。
60代から新たにNISAで株式投資を始めること自体が悪いわけではありません。ただし、NISAの強みは長期・積立・分散にあります。退職金のように生活に直結するまとまったお金を、値動きの大きい商品へ一括で投資するのは慎重に考えるべきです。
元本割れを避けたい人にとって、中心になるのは個人向け国債や定期預金です。大きく増える商品ではありませんが、老後資金を守りながら一定の利息を得られる点では、安心感のある選択肢といえます。
そして、もう1つ大切なのが「働き方」です。
60代以降は、退職金を無理に増やそうとするよりも、できる範囲で働き続けることが老後資金を守るうえで非常に重要です。正社員としてフルタイムで働く必要はありません。嘱託社員や契約社員、短時間勤務、パート勤務など、自分の体力や生活に合った働き方で収入を得るだけでも、退職金の取り崩しを遅らせることができます。
老後資金の運用で大切なのは、「増やせなかった後悔」よりも「大きく減らしてしまった後悔」を避けることです。
60代からは、決して無理な投資をせず、生活防衛資金を確保しながら、安全資産を中心に堅実に管理していきましょう。そのうえで、無理のない範囲で働き続けることが、結果的にもっとも現実的で安心できる老後対策になるはずです。
出典・参考文献
厚生労働省 「令和5年就労条件総合調査」
内閣官房 「退職手当の支給状況」
厚生労働省 「高年齢者雇用について」
金融庁 「NISA特設ウェブサイト」
財務省 「個人向け国債」
金融庁 「預金保険制度」
国税庁 「利子所得」
本記事は、2026年5月時点の情報をもとに作成しています。金利や制度内容は変更される場合があります。実際に利用する際は、必ず公式情報をご確認ください。本記事は一般的な情報提供を目的としており、特定の金融商品を推奨するものではありません。退職金の運用は、家計状況や年金額、住宅ローンの有無などを踏まえ、無理のない範囲で慎重に判断してください。